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夏の日差しがぐさりぐさりと私に降り注ぐ。
昨晩雨が降ったからか、まだ少し湿気を含んだ空気が余計に息苦しく感じる。

部活に向かう足取りはやっぱり重くて、今朝の事を思い出すと胸の内に広がる黒くずっしりした何かが拭えなくてすごく不快だ。



「そんな部活ならやめなさい。」

父親が放った一言だった。
どうもうちの部活は連絡が遅くて、部費を集める連絡が来るのが1週間前、合宿の日程が決まるのが2週間前、そんな調子だった。
夏休みも目前に控え、ざっくり夏休みの練習場代や合宿費、練習日の予定がメーリスで回ってきたので、それを父親に伝えると、そんなに突然何万も必要なのか、なんでそんな額なのにこんな突然言うんだ、そんな事今言われてもはいそうですかなんて言えるわけないだろ、と立て続けに言われる。

「私に言われたって、しょうがないじゃない。今連絡来たんだよ?」
「なら先輩にもっと早くしろって言えよ。そんな部活ならやる必要ないだろ。やめちまえ。」


ゴルフを始める時、さんざん後押ししたの誰だよ、と心の中で悪態をつきつつ、この人がいなければ部活をすることも、学校に行くことも、毎日無事に生きることができない自分に酷く腹がたった。


「お金下さいって頼みに来ないなら、出すつもりないからな」

自分の無力さに嘆くことしかできなくて、すん、と部屋に戻るわたしの背中に突き刺さる一言。

早く自分の力だけで生きていきたい、と思った。
この人に生かされている、という現実が嫌で嫌でたまらなかった。





最寄り駅から練習場まで歩いている間に、
どうしたら早く独り立ちできるかな、とか、あと最低3年は実家なのか、などとぼやぼや考えながら歩いているとクラクションをプッと鳴らされた。

煩わしいことは世の中に溢れているもんだ、と思いつつ振り返ると見たことあるブラックの外車。すーっとわたしの隣までくると同期の弘樹が運転席から顔を出して
「3秒以内に乗らないなら置いてくけど」

そんなキャラじゃないくせに、と思わず頬が緩み、クラブを後部座席に放り込んで助手席に滑り込む。

部活の日はけっこう彼の車に乗せてもらうことが多くて、その分自然と他の同期より話す機会も多い。話すのが下手くそなわたしでも、聞き上手な彼の前だといつの間にか素直に話せていて、高校時代から彼女が絶えないのも頷ける。


「お前ほんとぶっさいくだよな〜〜なんて顔して歩いてたんだよ!いつもの3割増しだぞ、3割増し!」

「うるさいな〜〜あんたにだけは言われたくないわ〜〜!」

あんまりにもケタケタ笑いながら話すもんだから、思わず左肩に軽くグーパンチを入れる。

「うおっ!何て重さのパンチだよ!さすがだなー」

ここまでがいつもの流れ。

「で、どした。なんかあったんでしょ?」

いつもおちゃらけてるくせになんだかんだ心配してくれるとこは最近知った。なんだよ、ちゃんと優しいじゃん。
きっと言ったら言ったで上手いこと笑い飛ばしてくれるんだろうな、と思いつつ、でも冷静に説明できる気もしなくて、途中で泣いちゃいそうで。


「なーんか、日焼けしたな〜〜って!もう淡い色の洋服きれないな〜〜ってさ!これじゃあ余計彼氏できないじゃんね〜」

なんてため息混じりに困ったように話す。 



「そんな、お前いつだって彼氏できないじゃん」


真顔で返事しやがって!ちょっとはフォローしてくれよ、なんて思ってると



「まあ、お前ならすぐ彼氏ぐらいできるよ。ただちょっと不器用だよな、生き方が。何悩んでるか知らねえけど、もっと肩の力抜いて周りに頼りなね。…まあ〜車の中ぐらいなら話聞いてやってもいいけど?」



真面目な事を話して照れくさくなったのか、最後はちょっと自分でも笑ってて。
いつもこの人と話してるとこうやって胸の奥の黒くでずしりとしてる何かを軽くしてくれるような気がする。


それと同時に胸の中の真ん中あたりがきゅん、と狭くなる。苦しいような、でもあったかい何かが広がるような。全然嫌じゃないそれだった。



車に乗ってから練習場まではあっという間で、気づけばもう駐車場かあ、なんてつい思ってしまう。
駐車場から部活の集合場所までもケタケタ笑いながら歩いていく。
先輩がもう何人かいて、お疲れ様です、と声をかける。

「あれ、また一緒に来たんだ!」

「たまたま来る途中で会ったんで、乗せてもらっちゃいました」

ありがたいです、なんて言ってると

「ほんと君ら仲良いよね!なんで付き合わないの?」
横からぴょこっと1つ上の男の先輩が会話に加わる。


「まさか!付き合うなんて絶対ないですよ〜!そもそもあいつちゃんと彼女いるじゃないですか」

そう。弘樹には彼女がいる。
車の中で付き合う前から話を聞いているから、いかに大切にしているかを知っている分、大袈裟に否定してしまう。
でもなんだか、周りからそう見えるのも悪い気はしなくて、余計に。


それはまるでわたしの中にある何かを見ないフリするように。



「そうだよなー!残念!でもいつか付き合うと思うんだよな!」

まだ先輩は言ってる。これ以上否定するのもなんともいえなくて、本当にそんな事になったらおもしろいですよね、なんて適当に話を合わせてみる。