1.

目をとじて、ふぅっと息を吐いた。
私の集中のど真ん中には小さな丸いボールと、それを弾くパターのヘッドだけ。
Par4の12番ホールのグリーン。残り80センチ弱。練習なら、外さない。今だって外す気はさらさらない。
ゆっくり引いて、いつものテンポでボールを弾く。だけど、一瞬、ほんのコンマ何秒、自分を疑った。外す…わけないよね。でも…。弾かれたボールは入るべき穴の数センチ右で止まった。

わたしはいつもそうだ。
いつもあと一歩。
最後の一押しがない。

まるで私の人生みたいだなあ、と思った。

はぁ、と息を吐いてボールをすこし乱暴に穴に落とし込む。ダブルボギー。



試合を終えて、後輩の車に乗って帰路につく。
車中では今日のスコアはどうだ、あのコースはどうだ、あの学校の1年生は、などいつもの試合帰り。

「先輩、やっぱり惜しいっすねー。」
「ほんと。もう、嫌んなっちゃうよ」
ため息混じりに、でもどこか気にしてないような、そんな返ししかできない。
「ま、ゴルフ楽しみましょ。やっぱりそれが一番っすよ。」後輩はニカッと笑いかけながら軽快に運転している。


結局私のスコアは102だった。いつも通り。今年はコンスタントに100切ります、と年明けに部活の同期に、先輩に話したものの、あれから半年が経とうとしているが、結局いつもあと一歩の所にいる。



ゴルフを始めたのは去年の春。高校と付属の大学に入学し、何をやろうか迷っていた。

「バド部、どうする?」

そう聞いてきたのは優。2人でバドミントン部の新歓部屋を後にして、どこか座れる所はないか、校内を歩いていた時だった。
高校ではバドミントンをやっていたし、部活の中で唯一一緒に大学に進学した優とはダブルスを組んでいて、彼女はもうバドミントン部に入ると決めたようで、どこか期待のこもった目で私に尋ねる。

「うーん。そうだなあ…アーチェリー部かゴルフ部もいいよね〜!…あ!あのサークルも面白そうだよ!新歓部屋行ってみようよ!」

まるで新入生というふわふわした気分のせいで、彼女の気持ちに気づかないとでもいう様なそんな態度。
もちろん、彼女の気持ちに気づかないなんてありえない。だって出会った中1の頃から、一緒にダブルスを組んだ高校の3年間、合わせてもう友達歴7年目だ。私も彼女と同じ気持ちだった。私だってまた一緒にバドがしたい。サウナみたいな夏、凍えそうに寒い冬の体育館でダラダラ汗をかきながら、また一緒にダブルスを組みたかった。
だけど彼女と私のそんな思いでさえ見ないフリをさせてしまうものがあった。

親の期待と無言の圧力。

父親も母親も銀行勤めのいわゆる職場結婚で、今とは違って当時銀行勤めといえば安定職の代名詞みたいなものだったらしい。
母親は結婚後寿退社し、父親はその後も上手いこと昇進し、言ってしまえば、よくできた人生だな、と娘の私でも思う。
しかし、そのせいかどうやら私にも”しっかりとした人生”を歩んで欲しいらしく、大学生になった頃くらいから特に母親の方は'就活に有利'がまるで合言葉のようになっていた。そんな母親曰く、バドミントンは就活において押しが弱いらしい、と。バドミントンをやっている人に失礼じゃないか、と心の中で呟くものの、きっと言葉にした所で聞く耳を持たない。そんな時、進められたのがアーチェリー部かゴルフ部
お隣のお家のお姉さんがフィギュアをやっていたせいか、就活が瞬く間に終わり、金融系に就職が決まったとそういえばこの前晩御飯の時に母親が話していたな、とぼんやりと思い出していた。確かにアーチェリーかゴルフなら会社のお偉いさんウケが良さそうだ、とも思った。
もちろん就活はできるだけ楽に切り抜けたい。どうせバドミントンを続けていたって何も全国大会で優勝できる訳でもないんだから___。



そんなこんなでなんとなくゴルフ部の新歓ご飯会に行ってみた。
ざっと見た感じ、新入生はお金がかからない食事会なのでそんなタダ飯を目当てにくるいわゆる冷やかしがほとんどで、そんな状況を分かっていたからか先輩達は新歓する気もなさそうに食事会を楽しんでいるようだった。
私の目の間に座った小柄でどこかあどけなさも残る女の先輩に部活の様子を聞いてみると、入部する新入生がいると思わなかったのか、驚いたように、でもすごく丁寧に教えてくれた。

先輩もいい人そうだし、何より飲み会も激しくないと聞いて、悪くないな、というのが第一印象。まあここならやっていけるかな。そう思って入部した。
自分の気持ちと優の気持ちに気づかないフリをしたまま。




いつからだろう、気づかないフリをするようになったのは。


小さいころからいろいろな事に気づきすぎる私は気づかないフリをすることのほうが上手く事が進むのではないか、と思うようになったのはたぶん、中学生くらいの頃だった気がする。
少し鈍感くらいの方が、どうやら上手く生きていけるし、人に好感を持たれる事を子ども心に学んだのかもしれない。


入部の手続きをした日の帰り道、優とばったり会って、なんだか気まずいような気がしたけれど言うなら今しかないと思ってゴルフ部に入部したことを告げた。


「そう…なんだ。」
言葉の端々からショックさが染みている。そりゃそうだよね。親に言われたから続けられないなんて情けなくて、ゴルフやってみたかったんだ〜なんて言ってみる。

「でも、そっか!わたしはバド部入るけど、ゴルフがんばってよね!」
あえて深く聞いてこない。黙って背中を押してくれようとする彼女の優しさが痛かった。やっぱりなんだか彼女と話しているのが気まずく感じてしまい、それじゃあ私行く所あるから、と言い残して彼女と別れた。



そのあと1人でぽつんと歩きながら、もうやるしかないな、と思った。


半ば強引に私の中に存在しているゴルフを始めるというその選択が、まるでもとから私が生み出した選択肢かのように思おうとした。


私の気持ちがどうであれ、最終的に自分の気持ちと大切な友達の気持ちを見ないフリした以上、後悔のない選択だったと、これが正解だったと自分を無理矢理納得させるように自然と早歩きになった。

黒くもやもやしたものがずんずん大きくなる。




ゴルフで結果をだしてやる。

これが私のせめてものの彼女への償いだった。